2014年11月14日

東大とYaleでの勉強量

東大の経済学修士時代2006年から2007年頃)、ある先生が 「110時間、週70時間勉強しなさい。私は大学院時代週80時間勉強していました。」 としばしば授業で言っていた。当時私は大学院の傍ら週40時間ぐらい医者のアルバイトをしていたので70時間勉強するのは到底不可能で、可能だったとしても尋常ならざる集中力を要するだろうと思っていた。

ところがPh.D.のためにアメリカに来てみるとそれは全然難しくないことが分かった。YaleでのPh.D.1年目では、ミクロ経済学、マクロ経済学、時系列解析(計量経済学の一部)、金融理論、測度論(こちらは数学科の授業を趣味で取った)5教科週15時間の講義に加え、毎週3から4教科で宿題が出るので、寝るのと授業に出るのと宿題をやるのと以外、殆ど何もしていない日々が続いた。週末も家から一歩も外に出ずにずっと宿題をやることもあった。従って、勉強時間は週100時間ぐらいになっていたと思う。

このように、四六時中経済や数学のことを考えていると、それらが夢にまで出てきて熟睡できない。保有している債券(株ではなく)が20%下落するというかなり現実的な悪夢を見たり、他にも、可算個の集合演算を延々と行なう夢(明らかに、測度論を勉強していたことに起因する)を何度も見たりした。

宿題を早く終わらせて熟睡できるようになりたかったのだが、1つの宿題が終わったところですぐまた別の宿題が出るのが目に見えているから、熟睡は長期休みまでお預けといった具合だった。こんな生活はPh.D.2年目まで続いたのであった

今から振り返って見て、それが辛かったかというと、特にそんなことはない。そもそも好きでPh.D.を取ることに決めたわけだから、始めから勉強することに抵抗はなかった。それに、与えられた課題をこなすのは 「解答が存在することが予め分かっている」 点において先が見えているので、それほど難しくはない。

つまりアメリカの大学院の1年目は高校生の受験勉強みたいなものなのだ。

posted by Alexis at 06:28 | 学習関連の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月10日

ケアレスミス

私も以前GRE (Graduate Record Examination)を受けた。GREを受けることは北米の大学院に留学するための必要条件である。

VerbalとQuantitativeはそれぞれ800点満点で、その場で成績が分かる。過去問で練習したときよりもVerbalが低かったのが残念だが、外国人はGRE VerbalよりもTOEFLの方が重視されるとの専らの噂なので、潔く諦めることにしたものだ。実際その噂は間違っておらず、大して点数が高くないまま提出したGREでも問題なくYaleの大学院に合格することができた。

それよりは、Quantitativeで満点であったのに胸を撫で下ろした。GRE Quantitativeは単なる算数で、文章の意味さえ分かりケアレスミスをしなければ満点が取れる問題である。文章の意味は、日頃から英語で数学の本を読んでいれば全く問題なく理解できる。厄介なのは、「ケアレスミスをしなければ」というもう一つの条件である。

ケアレスミスは小学校以来の私の特技で、これに対する明確な処方箋はない。過去問を練習したときも、平均して1年分(30問ぐらい)に1回の割合でケアレスミスをして鳥肌が立ったが、このときは全く見直しをせず、全速力で問題を解いていた。本番では敢えて解き急がず、しかも暗算ではなく計算用紙で計算するようにしていた所為か、幸いにも満点であった。

アメリカの大学院の応募に必要なテストとしてはTOEFL, GREを受けるのみで、あとは授業で良い成績を残し、教授から推薦状を書いてもらうことと、奨学金を確保することと、出願書類を作ること、が必要である。(詳細はこちら http://alexisakiratoda.seesaa.net/article/282705284.html?1418147525)テスト以外はいずれも時間制限が緩やかだから、落ち着いて対処すればよい。
時間制限付試験はもうまっぴらだ。
posted by Alexis at 04:11 | 学習関連の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月20日

斜陽国家?!

東大経済学部で修士をとる際、修士論文の発表をする機会があった。自分の発表の前に、他山の石にしようと思って他の学生の発表を傍聴した。正直言って、彼らの発表を見ていてあまりのレベルの低さに愕然とした。(注)全ての学生のレベルが云々、という話ではない。もちろん優秀な学生はいる。

例えば、当然のことだが事実(の定義は兎も角)と意見は明確に峻別しなければならないのに、結論が自分の意見になっているものがあった。また、時系列データの実証分析があったが、時系列は独立同分布でないので最小2乗法などの標準的な分析方法が適用できるかはよく考えないといけないのに、その議論がなかった。更に、データを集めようと思えば国別・年度別のデータが容易に得られるにも関わらず、国別・単年度だけを分析しているものもあった。

日本の最高学府とされている東京大学の大学院でさえこの有様なら、日本人一般のレベルは一体どうなのだろう?人口が減れば、競争が減るので人々は努力をしなくなり、国民全体の生産性は下がる。国民の生産性が下がれば、生産性の高い労働者を求めて企業は海外に移転する。企業が海外に移転すれば、国内の労働需要は減るので実質賃金が下がり、実質所得も下がる。所得が下がれば、子供の養育費が相対的に上がるので更に少子化が進む。こうして、止め処もない悪循環が持続する。

歴史を振り返ると、地球全体のGDP(全体なのでGGP-Gross Global Productとでも言うべきだが)は基本的に右肩上がりである。しかし、個別の国家を見れば、最近の例では日本経済の低迷、もう少し前は戦後のイギリス経済の低迷、更に昔は19世紀のオスマントルコと清や17世紀のスペイン・ポルトガルの退潮、6世紀から15世紀のほぼ一貫したビザンツ帝国の衰退、5世紀のローマ帝国の崩壊など、斜陽した国家は幾らでもある。

日本は、紀元前1世紀の混迷していたローマにカエサルが登場して復活する道を歩むのか。或いは、3世紀から4世紀のディオクレティアヌスやコンスタンティヌスの努力にも関わらず崩壊への道を歩むのか。前者になるとすれば、政治家が本気で改革に取り組むしかない気がする。しかし、どうもそうなる気配を今のところ感じないから、私は日々資産を海外に移している。
posted by Alexis at 05:15 | 学習関連の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする