2012年07月23日

外部オプションとしての留学

日本が政治的・経済的に混迷を続けて早20年、今後も当分それが続くと思われるが、個人はそれにどう対処したらいいだろうか?

金融資産の国際分散投資が望ましいのはインデックス投資をする理由でも述べた通りだが、人的資本(稼ぐ能力のこと)も国際分散するに越したことはない。ほとんどの日本人の人的資本は日本でしか役立たないが(日本語は外国では通用しない、各種の国家資格は国内でしか通用しない、など)、世界で通用する能力を持って損はないし、いざというときのための外部オプションを持つことで心の安寧を得られる。そのための有力な手段が留学だ。

アメリカのトップ20ぐらいの大学院で数学・物理・経済・ファイナンスなどのPh.D.を取得し、ヘッジファンド・投資銀行・コンサルティング会社などに就職すると(引く手あまたで就職には困らないはず)、初任給で年間20万ドル(1600万円)ほどもらえる。日本で大学院を出てもせいぜいその半分しかもらえないから、差は歴然としている。日本で(若くから)それだけ稼ごうとすると医者か弁護士になるしかなさそうだが、どちらもほぼ国内でしか通用しない資格で、人的資本の分散投資には使えない。私が留学したのも、それが最大の理由だ。

ではどうやって留学するか。アメリカの大学院には入学試験はなく、書類選考のみで、
  1. 推薦状3通
  2. 大学の成績
  3. GRE, TOEFLの成績
  4. Statement of purpose (希望理由)
を提出することになっている。このうちStatement of purposeは形だけでほとんど意味がなく、GREのverbalも外国人はどうせできないので参考にされない。TOEFLは足きりに使うだけだろう。GREのquantitativeは日本の中学レベルの数学なので、殆どの入学希望者は満点近くを取るため、これも足きりにしか使わないと思われる。従って合否は推薦状と大学の成績でほぼ決まるが、大学院の入学倍率は20倍ぐらいなので、合格するには他の受験者から抜き出る必要がある。
 
推薦状で重要なのは内容もさることながら、誰が書いたかだ。アメリカの大学院は研究者の養成を第一目的と考えているので、研究者以外の書いた推薦状はあまり意味がない(MBAなら別)。研究者であっても業績がなかったり(=英語の発表論文がなかったり)所属大学が無名では信憑性がない。従って、有名大学に在籍していて業績のある研究者に推薦状を書いてもらう必要がある。また、応募者はみな優秀だから、推薦状の内容も「学業優秀、スポーツ万能、人格も優れ…」と抽象的では読む側にインパクトを与えないので、具体的にどう優れているか(どの授業で何位だったとか、当大学出身でこのぐらいの成績の場合はその後優秀な研究者になる傾向にあるとか)を書かなければならない。
 
大学の成績で重要なのは、応募するプログラムと関係のある授業で優秀な成績を取ることと、数学である。大学の専門と、大学院で専門にしようとしている分野が(私のように)異なるのは、強い信念を持っていないとみなされて一般にマイナス要素である。ただし、数学ができればある程度挽回できるので、推薦状や成績表でそれを証明する必要がある。社会人経験があることも、やはり信念が弱いとみなされて一般にマイナス要素だが、関連分野(経済だったら銀行・証券会社・コンサルティング会社など)で2年ほど働くとプラスのこともある。あと、アメリカの大学院の入試担当者は日本の大学のランキングなど知らないので、東大・京大出身が有利であることは言うまでもない。
 
このように、アメリカのトップ20の大学院に入るのは至難の技なのだが、アメリカのよいところは誰にでも門戸が開かれていることで、直接留学する以外に「下克上」する方法がある。ランクの低い大学にまず入り、1年間在籍する間にめざましい成績を上げれば、その大学の成績表と推薦状をもらってランクの高い大学に転校することが可能だ。ランクの低い大学は基本的にお金さえ払えば入れるから、あとは本人の努力次第だ。
posted by Alexis at 16:48 | Comment(0) | 学習関連の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月28日

プットオプションとしての東大医学部

「なぜ医学から経済学に転向したのですか?」初対面で、自分の経歴をちょっと調べた人からは大抵聞かれる質問である。医者の方が経済学者より儲かるんじゃないのかということである(実際その通りなのだが)。日本通の人の場合は、質問の前に「東大医学部を出たのに」という修飾節がつく。大学受験の最難関校である東大医学部を出たのだから、よほどのリターンがあるはずなのになぜ、という疑問だ。

医学から経済学に転向するのは珍しいかもしれないが(いくつか例を聞いたことはあるが)、実は東大の医学部を出たけれども医者(臨床の意味)をやらない人はかなりいる。データを集めたわけではないが、印象としては卒業生の半分ぐらいはそうなのではないか。よくあるパターンは医学研究者になることだ。私は経済学者になった。山岳部のある後輩はコンサルタントになり、別の後輩は政治家になった。もちろん、臨床研修医制度があるので卒業直後はほとんどの人が医者になるわけなのだが(自分もそうだったが)、ここで言いたいのは「長期的に」医者をやる人が少ないということである。この現象を経済学的に説明してみよう。

まず、そもそもなぜ医学部に行くのか?個人個人に聞けば(本音か建前かはともかく)様々な答えが返ってくるであろうが、結局のところ「卒業後の給料が高く、地位が安定している」が最大の理由だと思われる。ではなぜ東大の医学部に行くのか?医者の給料は出身大学と無関係なので、高給だけが目的ならわざわざ努力して東大に行く必要などない。これまた様々な理由があるだろうが、結局のところ「最難関校を突破したことで自分の能力をシグナリングすることができる」ことだと思う。どういうことかというと、雇用主は優秀な労働者を雇いたいが、「能力」を測定するのは難しい。能力の低い人の方が高い人より高学歴を手に入れるのが難しいので、能力の高い人は敢えて高学歴を得ることで自分の能力を示そうとする。従って雇用主は能力を学歴で近似して採用や給料を決める。

以上の議論から、医学に対する興味と東大医学部に進学する動機の間にはほとんど関係がないことがわかる。従って卒業後に医者をやらない人が多くても、別段不思議ではない。実際、東大医学部を「人的資本に対するプットオプション」とみなせばこの現象は簡単に説明できる。株に対するプットオプションというのは、株価が指定の価格(権利行使価格という)を下回ったときにお金がもらえるという契約だ。さて日本の労働市場はかなり非流動的なので、中途転職が非常に難しい。起業に失敗したらなかなか挽回できない。従って労働者は最初に就職したところを自ら離れることは基本的にあまりしない。ところが東大医学部を出て医師免許を持っていれば、労働慣習に縛られずに行動できる。まず「学歴」があるから、就職や起業で有利である。仮に失敗したとしても、医師免許があるのだから必要に迫られれば医者に戻ればいい。東大医学部に行く意義は「最強のプットオプション」を手に入れることにあるのだ。
posted by Alexis at 02:02 | Comment(1) | 学習関連の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月31日

東大医学部の先にあるもの

前回、「プットオプションとしての東大医学部」では、東大医学部に行く意義は「高学歴」と「医師免許」というアイテムを手に入れることにより、その後の人生の自由度が増すことにあると議論した。もちろん、進路を決める18歳の高校生がそのような経済学的な議論を正確に理解したうえで意思決定をしている(つまり、「合理的期待に基づいて動的計画法を使っている」)とは思えないので、想定と現実の間にギャップがあり、その移行期に程度の差はあれアイデンティティの危機に陥ることになる。今回はそれについて述べたい。

よく言われることだが、(東大レベルの)受験勉強と医学部での勉強の間には殆ど何も関係がない。(寧ろ、医学部の勉強はほぼ丸暗記で、その能力を見るために多くの医学部はセンター試験を重視しているわけだ。)私が病理学の授業を受けたときの先生の言葉がそれを如実に表している:(過形成・異形成・低形成・退形成などを図で説明して)「君たち、こんな小学生でもわかるようなことをするなら何のために頑張って数学を勉強したのかという気になるでしょ」。東大レベルの受験勉強で培われた論理的・分析的能力を医学部での勉強に応用することは困難だ。幸福の源が何であるかは諸説あるが、「自分の能力でぎりぎり達成できる目標を達成すること」をその一つと考えれば、大学3年になって専門の勉強が始まると「こんなはずじゃなかった」ということになる。(実際、私も大学1・2年のころは数学ばかり勉強しており、3年生になったときに深刻な危機に陥った。)

だが、大抵は皆危機を乗り越える。ある者は研究室に出入りして生命科学の研究をする。別の者は諦めてただの医者になる。また別の者は全く無関係な分野に挑戦する。その結果は一部の人には不本意かもしれない。だから東大医学部を医学という分野と切り離して、ただのエリート校と理解すれば、職業選択の幅が広がって幸福になる機会が増えてよいと思う。

で、「なぜ医学から経済学に転向したのですか?」という質問に対する答え。大学3年のアイデンティティの危機に際し、初めは(生命科学の中でも比較的数学的な)生理学をやろうと思ったが、いくらか実験するうちに自分は実験をする才能も根性もないということがわかった。そうこうするうちに大学4年の公衆衛生の一コマに医療経済の授業があり、需要曲線や供給曲線を見て社会現象を数学的に分析することに目から鱗が落ちる思いであった。その後は「東大医学部がプットオプションである」と(正しく)認識できたので、経済学を独学する傍ら順当に卒業・医師免許取得・研修医を済ませ、Ph.D.に挑戦したわけである。
posted by Alexis at 02:23 | Comment(0) | 学習関連の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする