2014年11月21日

冬期休暇3

27日、父が日本に戻るので空港まで送り、叔母の家に一旦戻って朝食を摂ってから車でアメリカに向かう。叔母は夜中に4回嘔吐したと言っていた。 もともと1週間前あたりから祖母が急性胃腸炎で、それが父や叔父に感染していたのだが、叔母にも感染したわけである。(息子も数日前から下痢だった。) 妻も食欲がないと言う。兎に角アメリカに向かうと、雨が降ってきた。気温はマイナス5度だが、上空の気温が暖かいのか雨であり、雨粒がフロントガラスに当たるとすぐ凍る。そうしてしばらく走ると、車線変更をしたときにスリップしてしまった。ハンドル操作を試みるが車の振幅は増すばかりで、進行方向と直角の方向を車が向いたまま横滑りした。数秒後、前輪が路肩の積雪に触れて車体は1回転し、雪に突っ込んで止まった。

頭が真っ白になって考えていなかったのだが、負傷者もなく、しかも単独事故で本当によかった。バックで雪から脱出しようと試みるも、アウトバックは四輪駆動なのは前進する場合のみで、バックでは前輪駆動となり力が足りない。ハザードランプをつけて外に出て雪かきを試みるが、これも駄目。諦めてクレ ジットカードに付帯するroadside assistance serviceに電話して状況を説明する。非常に時間がかかって、そうしているうちに偶然通りかかった消防車から消防士が5, 6人ほど降りて車を押してくれた。これで無事脱出でき、車もかすり傷一つなく気を取り直してアメリカに向かう。

妻がカナダにいる間にTim Hortons(カナダ発のマフィン・ドーナツ・コーヒーの店で、カナダでは至る所にあるがアメリカにも多少ある)に行きたいと行ったので、国境前の最後の町で店に入る。
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やはり家族全員急性胃腸炎になっていて、Tim Hortonsに着くや否や妻は嘔吐し、私は下痢をした。カナダの後はバーモント州にある友人の別荘に行ってスキーをする予定だったが、体調不良によりキャンセルし、New Havenに直行することにした。New Havenまで片道800キロは病身では流石に遠すぎて、あと250キロという地点で疲労が限界に達し適当に見つけたホテルに入る。料金は170ドルで、outrageously expensiveだが、他に選択肢はない。(選択肢がないことは交渉を不利にすることに注意。)疲労困憊であったので水分を摂って18時頃寝てしまう。 宿泊料金が高いので、思いっきり暖房を高く設定して薄着で寝た。そうしたら、軽くて動きやすかったのか息子がベッドの両端にいる私と妻の間を寝返りで行ったり来たりしていて面白かった。彼は我々がピンチのときは大人しくしてくれる傾向にあるが、この日も朝までぐっすり寝てくれて非常に助かった。

28日、シャワーを浴びるがぬるくて仕方がなかったのでフロントに文句を言う。このホテルは朝食付きだったが、スクランブルエッグが「喉を通らないほど」不味かった。ソーセージはもっと不味そうだったし消化に悪いので手もつけない。ヨーグルトはアメリカではよく見かける「無脂肪」のもので、とても食べられる代物ではない。普段はヨーグルトが好きな息子も、この日は顰め面をして食べなかった。部屋に戻ると今度はシャワーが温かかったのでまず妻と息子が風呂に入る。私の番になったら、またぬるくなってしまった。チェックアウトのときに大いに不満を述べる。割引を要求すればよかったが、体調が悪くていちいち交渉する気にならなかった。アメリカの食事とサービスの劣悪さを再認識した朝であった。(「アメリカの食事とサービスは殆ど確実に(つまり確率1で)劣悪だ」というのは、定理と言ってもよいのではないか。)28日の昼、漸くNew Havenに戻る。食欲がないのでシリアルなどで済ませる。

29日、雪も殆ど融けて天気もよいので、New Haven Greenなど名所(?)を散歩する。その後息子が風邪気味だったので、Yaleの病院に連れて行った。(医師である私と妻が思うに)正直言って病院に連れて行くほど重症な様子ではな い(数日前に37度台の発熱を認め、数日間咳と鼻水が出るが、機嫌はまあまあ)のだが、どうせクレジットカードに付帯する海外旅行保険でカバーされるはずだから取り敢えず行ってみようということになった。

13時に行ったのだが、看護婦がちらっと我が子を見て軽症と判断したのか、15時まで昼休みだと言われて、15時に出直した。看護婦が体温、体重、SpO2を測る。次に小児科医が出てきて、一通り問診した後、呼吸音を聴診して鼓膜を診察した。診断は左の中耳炎であった。アモキシシリンが処方されたが、痰がらみの咳と鼻水の方が我々は気になっていたので、去痰薬をくれるよう頼んだが、 「複数の薬を処方すると副作用が出たときに原因が分からないから」と尤もな理由を述べられて、結局抗生物質だけ処方された。窓口では薬代の14ドルだけ支 払って意外に安いと思った。

アメリカでは日本人量の2倍ぐらい薬を出すと噂で聞いていたので、息子に投与する前に自分で量を計算したが、意外にも概ね適切な分量であった。イチゴ味のピンクのドロドロした液体を茶さじにとって、息子に与えると、1回目は怪訝な顔をしていたが、美味かったと見えて、2回目からはもっとくれとせがんできた。アメリカの食べ物は基本的に不味いと思っていたが薬は例外なようだ。

クレジットカードの明細書を見ると、先日事故を起こしたときのroadside assistance serviceの費用がきっちり引かれている。「アメリカのことだから、杜撰なのでサービスの利用をキャンセルしたのに費用を取られる可能性が高い」と予想していたのだが、予想は的中した。(的中しても全然嬉しくないが。)すぐにカード会社に電話して間違いを指摘する。電話で「roadside assistance serviceの利用は2件あるが、間違っているのはどちらか?」などと聞かれる。頭がおかしいんじゃないか。「1件か2件か知らないけど、全部間違ってるよ」と苛立ちを隠しきれずに答えた。


posted by Alexis at 14:22 | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月22日

冬季休暇4

30日、先日訪問した日本人の家族に聞いたスーパーに買い物に行くが、私は彼らほどは感動しなかった。ラムの塊肉などを買う。
New Havenに戻って、レンタカーを借りに行く。これは、翌日にニューヨークの空港まで行くためのものである。New Havenからニューヨークの空港に行く最も安い方法は自宅から駅までタクシー・電車・地下鉄・シャトルを乗り換える方法だが、これはとても面倒だ。乗り合いタクシーだと一人68ドルにチップ(一般的には15%だが私は3ドルか5ドルにしている。サービスが劣悪なくせにチップを要求するなんて傲慢だ。5ドルあげるだけでも喜ぶべきだ)が加わる。レンタカーならば、乗り捨てで高速代・ガソリン代込みでも75ドル程度でしかも早いので、2人以上なら断然レンタカーが有利なのだ。夕方、ちょっとした知り合いの日本人を家に招待してラムのローストを食べる。このアパートでオーブンを使ったのは初めてだったのだが会心の出来であった。デザートは好物のピスタチオのアイスクリーム。

31日、レンタ カーでJFKに向かう。高速道路は5ドル、ガソリン代も5ドルで格安だった。今度は無事故で目的地に着き、ガソリンスタンドを見つけるのに少し苦労したが、乗り合いタクシーよりはずっと快適だった。搭乗手続きを済ませるとすぐJALのラウンジに入る。チリワインやおにぎりを食べた。 アメリカン航空のラウンジとは雲泥の差だった。

日本で正月を過ごし、アメリカへ一人帰宅してクレジットカードの明細書を見ると、驚いたことに電話代が75ドルもかかっていた。これは、カナダの高速道路で交通事故を起こして10分ほどroadside assistance serviceと通話したのがカナダからアメリカへの国際電話扱いとなったのが原因(フリーダイヤルだったが、携帯電話は例外)で、非常に腹が立った (が、事実なので泣き寝入りするしかない)。更に、予想通りroadside assistance serviceの料金はまだ返済されていなかったから、電話して問いただす。今度はオペレーターの名前、所属部署、電話番号を全てメモし、いつまでに結果が分かるのか、結果は電話と手紙のどちらで知らされるのかを細かく聞いた。2週間経っても音沙汰なしならもう一度電話して「上司に代わって下さい」だ。 (それでもだめならCEO当てに法的措置も辞さないと書いた書留を送る予定。)怒りの原因はそれだけではなくて、Yaleの病院から171ドルの請求書まで届いていた。これも保険に入っているのにおかしな話なので争わねばならない。

兎に角、アメリカで生活するのは疲れることが多い。外食・ホテル・交通・通信・医療など何らかのサービスを利用するたびに日本では考えられないくらい余計な費用がかかる。(そして、それらを争うのに余計なエネルギーを使う。)食事は自炊し、旅行は親戚宅か友人宅かキャンプで済ませ、タクシーは使わず、通信はメールかSkypeだけにし、医療は「家庭医学」(医者夫婦なので投薬以外はある程度可能)で済ませるのが最適かもしれない。
posted by Alexis at 16:28 | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月06日

いなごの佃煮

節分も終わり、春が暦の上では到来したが、春というと思い出すものの1つに“いなごの佃煮”がある。それは以前から見物したいと思っていた葛飾柴又へ行った思い出に起因する。

当時は上野駅近郊に居を構えていたのだが、最寄の京成上野駅から最初に出る電車で高砂へ。乗り継ぎが悪く、待つこと10分強。京成金町線に乗り換えて1駅で柴又に到着。上野にあった自宅からは距離的には近いが1時間近く掛かってしまった。

駅を出ると焼きそば屋や駄菓子屋など下町情緒溢れる店が並んでいる。寅さんの銅像を見つけ写真を撮る。
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商店街では、漬物屋、佃煮屋、団子屋、煎餅屋などが連なり、殊の外情緒深い。佃煮屋でいなごの佃煮を発見したので、20年以上いなごを食べていないことを思い出し、懐かしくなって購入する。いつもは食費は妻と折半しているが、妻はいなごを気味悪がって食べないと言うので完全自己負担した。いなごの産地を尋ねたら東北とのことだった。

商店街を抜けると帝釈天があった。境内にあったおみくじロボットには感動した。おみくじロボットとは、ロボットアームに獅子舞の衣装を被せたもので、200円を投入すると獅子舞を踊って口でおみくじを引いてくれるものである。無宗教(と雖もイスラム原理主義勢力タリバンならぬ市場原理主義勢力足りんば)の私は敢えて投資しなかったが、他人がおみくじを獅子舞ロボットに引いてもらうのを見て愉快な気分になった。その後、矢切の渡しを見た。矢切の渡しで渡し舟に乗るには100円かかるが、どう考えても船頭の時給は最低賃金を下回っているとしか思えなかった。果たして1時間に6人以上が矢切の渡しを渡ろうとするのだろうか?(ちなみに、最低賃金制度の話はこちらを参考http://alexisakiratoda.seesaa.net/article/408408088.html
帰路再び商店街を通り、よもぎの団子を食べた。

夕食時に早速いなごの佃煮を食べた。味は期待していなかったのだが(購入した理由は、どちらかというとゲテモノに対する好奇心からであった)、香ばしくて、サクサクした食感で、いなごがあれば幾らでもご飯が食べられると思うぐらい美味しかった。
posted by Alexis at 05:37 | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする