2015年02月20日

斜陽国家?!

東大経済学部で修士をとる際、修士論文の発表をする機会があった。自分の発表の前に、他山の石にしようと思って他の学生の発表を傍聴した。正直言って、彼らの発表を見ていてあまりのレベルの低さに愕然とした。(注)全ての学生のレベルが云々、という話ではない。もちろん優秀な学生はいる。

例えば、当然のことだが事実(の定義は兎も角)と意見は明確に峻別しなければならないのに、結論が自分の意見になっているものがあった。また、時系列データの実証分析があったが、時系列は独立同分布でないので最小2乗法などの標準的な分析方法が適用できるかはよく考えないといけないのに、その議論がなかった。更に、データを集めようと思えば国別・年度別のデータが容易に得られるにも関わらず、国別・単年度だけを分析しているものもあった。

日本の最高学府とされている東京大学の大学院でさえこの有様なら、日本人一般のレベルは一体どうなのだろう?人口が減れば、競争が減るので人々は努力をしなくなり、国民全体の生産性は下がる。国民の生産性が下がれば、生産性の高い労働者を求めて企業は海外に移転する。企業が海外に移転すれば、国内の労働需要は減るので実質賃金が下がり、実質所得も下がる。所得が下がれば、子供の養育費が相対的に上がるので更に少子化が進む。こうして、止め処もない悪循環が持続する。

歴史を振り返ると、地球全体のGDP(全体なのでGGP-Gross Global Productとでも言うべきだが)は基本的に右肩上がりである。しかし、個別の国家を見れば、最近の例では日本経済の低迷、もう少し前は戦後のイギリス経済の低迷、更に昔は19世紀のオスマントルコと清や17世紀のスペイン・ポルトガルの退潮、6世紀から15世紀のほぼ一貫したビザンツ帝国の衰退、5世紀のローマ帝国の崩壊など、斜陽した国家は幾らでもある。

日本は、紀元前1世紀の混迷していたローマにカエサルが登場して復活する道を歩むのか。或いは、3世紀から4世紀のディオクレティアヌスやコンスタンティヌスの努力にも関わらず崩壊への道を歩むのか。前者になるとすれば、政治家が本気で改革に取り組むしかない気がする。しかし、どうもそうなる気配を今のところ感じないから、私は日々資産を海外に移している。
posted by Alexis at 05:15 | 学習関連の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ブログパーツ