2014年03月28日

プットオプションとしての東大医学部

「なぜ医学から経済学に転向したのですか?」初対面で、自分の経歴をちょっと調べた人からは大抵聞かれる質問である。医者の方が経済学者より儲かるんじゃないのかということである(実際その通りなのだが)。日本通の人の場合は、質問の前に「東大医学部を出たのに」という修飾節がつく。大学受験の最難関校である東大医学部を出たのだから、よほどのリターンがあるはずなのになぜ、という疑問だ。

医学から経済学に転向するのは珍しいかもしれないが(いくつか例を聞いたことはあるが)、実は東大の医学部を出たけれども医者(臨床の意味)をやらない人はかなりいる。データを集めたわけではないが、印象としては卒業生の半分ぐらいはそうなのではないか。よくあるパターンは医学研究者になることだ。私は経済学者になった。山岳部のある後輩はコンサルタントになり、別の後輩は政治家になった。もちろん、臨床研修医制度があるので卒業直後はほとんどの人が医者になるわけなのだが(自分もそうだったが)、ここで言いたいのは「長期的に」医者をやる人が少ないということである。この現象を経済学的に説明してみよう。

まず、そもそもなぜ医学部に行くのか?個人個人に聞けば(本音か建前かはともかく)様々な答えが返ってくるであろうが、結局のところ「卒業後の給料が高く、地位が安定している」が最大の理由だと思われる。ではなぜ東大の医学部に行くのか?医者の給料は出身大学と無関係なので、高給だけが目的ならわざわざ努力して東大に行く必要などない。これまた様々な理由があるだろうが、結局のところ「最難関校を突破したことで自分の能力をシグナリングすることができる」ことだと思う。どういうことかというと、雇用主は優秀な労働者を雇いたいが、「能力」を測定するのは難しい。能力の低い人の方が高い人より高学歴を手に入れるのが難しいので、能力の高い人は敢えて高学歴を得ることで自分の能力を示そうとする。従って雇用主は能力を学歴で近似して採用や給料を決める。

以上の議論から、医学に対する興味と東大医学部に進学する動機の間にはほとんど関係がないことがわかる。従って卒業後に医者をやらない人が多くても、別段不思議ではない。実際、東大医学部を「人的資本に対するプットオプション」とみなせばこの現象は簡単に説明できる。株に対するプットオプションというのは、株価が指定の価格(権利行使価格という)を下回ったときにお金がもらえるという契約だ。さて日本の労働市場はかなり非流動的なので、中途転職が非常に難しい。起業に失敗したらなかなか挽回できない。従って労働者は最初に就職したところを自ら離れることは基本的にあまりしない。ところが東大医学部を出て医師免許を持っていれば、労働慣習に縛られずに行動できる。まず「学歴」があるから、就職や起業で有利である。仮に失敗したとしても、医師免許があるのだから必要に迫られれば医者に戻ればいい。東大医学部に行く意義は「最強のプットオプション」を手に入れることにあるのだ。
posted by Alexis at 02:02 | Comment(1) | 学習関連の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ときどき、見させていただいております。
学生時代は物理学の問題に心引かれて・・・。
当然、医学部卒業前後、非常な危機に
面していました。今は職務として
臨床医をしております。が、
学会も大学も制度を作る人間が自分に
有利なように制度を作る(当たり前ですが)
以上、自分も馬鹿正直に付き合うのは
とっくにやめました。

自分の年齢・気力・体力相応に仕事は
適宜調整(ときどき箔付けに学会認定
なんとかを利用する)するように
なりました。

そういう人間からしたら、
先生みたいな頑張り方も良いと
考えております。
Posted by at 2017年05月17日 17:25
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